大介の油絵が(主として裸婦画だが)、高額で取引された。
ブローカーの前でも、陽子は全裸だった。
ブローカーは笑った。
夏の事で、アトリエにはクーラーが効いて居る。
「アジサイの中に立つ女」は五兆円と三千億円、ずい分後に振り込まれた。
ブローカーの取り分は三十%で在る。
大介の取り分は常に七十%で在る。
大介は画家でも在るが、劇画家、小説家、作家、歌手等でも在る。
武闘には興味が全くなかった。
だが、喧嘩には強い様に観える。
大介と陽子は二十八歳から、子供を造り始めた。長男、次男、長女の順で生まれた。
六回、セックスしただけで在る。
互いに処女と童貞で在った。
陽子は快感を全く覚え無い。
大介も、同様である。
大介と陽子は子供達三人に一兆円ずつ渡した。
いつの間にか、大介と陽子は六十四歳と六十二歳に成って居た。
もはや、リムジンは来なく成った。
取り引きは続いていた。
ブローカーは東京から、リムジンを飛ばして来るのが、疲れた様だった。
電話で、そう云って居た。
大介は趣味が無い。
自由業とは、不自由業で在る。
日曜日でも何かしら、物書きをせねば成らない。大介も陽子も、ヒマを持てあます様な、非人間的な夫婦では無い。
陽子が事業家に成った。
三十七歳で在った。
縫製工場と云う、ムツかしい職種で在る。
大介は小説ばかり書いて居た。
大介は劇画より、小説の方が、努力の必要が在った。
新しい作風の作品で、別段、金と名声以外に興味は無かった。
余生に入ったのである。
この共稼ぎは、六十四歳と六十二歳の今でも続いて居る。
或る日大介は、二兆円、陽子に渡した。
モデルに成った陽子の取り分で在る。
残りの三千億円は、大介の口座に預金した。
劇画で飯を食う事は、アシスタントを使う他無い。
その点、小説は大介一人で書けた。
劇画には又、無い味が大介の小説には在る。
今、三人の子供達は東京で暮して居る。
皆、素直で、慎ましく、元気で明るく芸術活動をして居る。
大介は養女のばななの口座に三千億円を振り込み、一銭無しに成った。
又、稼げる日も在るだろうと、今は、陽子の金で、慎ましく暮して居る。
陽子は、時に、回転寿司をオゴってくれた。
大介はマグロの大トロが好きだったが、近頃は油ぽくて食べ無く成った。
歳なのであろう。
お茶づけとか、タマゴ焼とか、オカズは在る物を食べた。
白米は一日に二合食べた。
陽子はパン食が主食で在る。
陽子の母は子供の頃、カナダで暮して居た。
八歳頃まで、英語がしゃべれた。
その頃はもう日本に居た。
大介のスポンサーに成ってくれた。
お金には不自由しない大介だった。
大介は陽子の母の力で、小説を書き続ける事が出来た。
陽子は大介に画家業一本にしぼって欲しかった。
大介は、陽子の裸婦以外に画けないので、歳と共に風景画も画く様に成った。
現場で陽の照る日に、陽子の運転で、絵に成る場所へ行き、小説書きの、合間にリアリティの在る風景画を画いた。
しかし、必ず風景の中に、陽子の全裸を画いた。
陽子の裸を観ずに画けた。
略歴による事実で在った。
陽子の両親は、呉服屋で在った。
炭鉱好景気の折り、一億円稼いだ。
大介の小説は一枚いくらでは無く一作品いくらで在った。
次々に、小説作品を物に出来る様に成った。
大介は、小説で稼げる様に成り、収入は全部陽子にやった。
大介の父親は、炭鉱の請け負いをやって居た。
二十歳の頃、鉱夫百名を使い、一億円稼いだ。
大介も陽子も筑豊田川市で、生まれ育った。
高校時代に出会い、二人は恋に落ちた。
大介は陽子以外、一切、目に入らなく成った。
陽子は博愛で、男子生徒に人気が在った。
だが、セックス等はしない。
ただ、社交的に男子生徒と会話するのが好きだった。
若い頃のそうした陽子が、大介は辛かった。
大介は中学時代、剣道をやっており、これは武闘では無く、立身で在った。
大介は高校生に成り、剣道二段をとって止めた。
大介は新聞部の部長に成った。
新入部員が陽子で在った。
大介は陽子に出会い、生まれて来た事に初めて感謝した。
幸せで在った。
二人して新聞部を止めた。
その頃、友人のすすめで、Nと云う劇画家の作品を観て、将来、劇画家に成る心算に成った。
大介は十九歳で、劇画界にデビューした。
デビュー作は「やさしい人」で在った。
大介の友人二人がモデルに成ってくれた。
大介は陽子が高校を卒業するのを待ち、その間に劇画家の仲間に入ったので在った。
二人はNの居る東京阿佐ヶ谷に移り棲み、同棲時代を送った。
その頃は、二人共、子供の煩さが嫌いで、まさか、子供を生む様に成るとは思って無かった。
油絵は幼稚園時代から、画家に習った。
大介の母は大介に絵や、勉強や、習字を習わせた。
金が無いと幸せに成れないのよ、大介に云った。
両親は仕事でいそがしく、育ての親は祖父母で在った。
大介は厳しく育てられた。
器が小さく成って居た。
油絵は大介のその小さい人格を、大きくしてくれた。
大介は高校時代、四十歳に成ったら小説を書こうと思って居た。
新聞部時代はガリ版刷りの小説も書いて居た。
大介は東京で、酒を覚えた。
編集長や、先輩達が、酒をタダで呑ませてくれた。
六年間阿佐ヶ谷で漫画を画き、二十二、三歳の頃は、才能が在ると、認められた。
鬼才と呼ばれた。
陽子は満足して居た。
大介の原稿料は当時の金で一枚六千円で在った。
勿論、アシスタントを使わず、一人で画いた。
陽子は別のバイトをして居た。
給料日には、酒場で酒をオゴってくれた。
大介と陽子は、いつの間にか、子供が欲しく成り、古里福岡県田川市に帰り、子供達を造ったので在る。
いざ生んでみると、子供達は孫の様に可愛かった。
ゆえに大介も陽子も、本物の孫の顔を観たいと思わなかった。
その内に父親が事業に失敗し、多額の借金を残し自殺した。
母親は認知症に成り、精神科に入院した。
両親に邪魔されなく成り、大介夫婦は安らいだ。
父親の借金は、五千万円程で在ったが、大介は油絵を一枚売り、全額返済した。
そうした中の子供達の出世で在り、大介も陽子も、子供達を幸せな方へ、幸せな方へと引っぱり上げた。
大介の育ての親だった祖父母も、すでに早く癌で死んで居た。
大介には妹が一人居た。
妹は両親に完全に無視され、妹も祖父母に育てられた。
今は結婚し、子供も二人居る。
義弟は牛乳屋で在る。
酒好きで、いくら呑んでも酔わなかった。
朝三時の配達で在る。
義弟は男振りが良いが、妹はブスの上に、百キロ程太って居た。
義弟は泣いて、妹に結婚を申し込み、妹は義弟の涙にほだされて結婚した。
貧しいので、勉強を妹は二人の子供達に教えるだけで在った。
大介は義弟夫婦に油絵を何枚もやった。
田川市の中央を流れる彦山川は、三井炭鉱の微粉炭で、真っ黒で在った。
今は清流と化し、ハヤも棲める。
大介の長男、次男はまず、ハヤ釣りを覚え、後にブラックバス釣りに夢中に成った。
釣り人の意味が、大介には判ら無い。
ヒマを持てあましている位にしか思え無かった。
しかし、子供達はバス釣りさえ出来れば、十分、人生に満足出来る様なので在った。
田川市に帰省すると、すぐに釣りへ出掛ける。
それが目的で、一年に一、二度、帰省した。
勿論、大介の家には三人の子供部屋をそのままにして在る。
陽子は時々、子供達の部屋を掃除する。
陽子は本当に子供達を愛して居るので在った。
大介の祖父母は大介には厳しく、妹は甘やかした。
その為に、妹は大介より自分の方が幸せだと思い、私に同情するので在った。
頭の切れる、やさしい性格の妹で、迫力も在った。
もっともっと幸せに成りたいと妹はいつも思って居た。
貧しさも全く気にして居なかった。
この気運で、妹達家族は十分幸せの様に、大介には観えた。
古里田川市には、大介の友人は一人も居なかった。
大介は酒好きでは無いが、酒に酔うのが好きだった。
酒グセが悪いので、よく吐きもした。
夜中に寝て居て、突然、噴水の様に吐いた。
その後始末は全部、陽子がした。
子供達が居るのに、そんな風なので、陽子は大介の人格に疑いを持てなかった。
自分が選んだ夫で在る。
陽子は酔った大介から、子供達を守った。
陽子が大介を認めて居るので、子供達も平和に育ったので在る。
大介は酒とは何か、いつも考えては、又、酒を呑んだ。
四十八歳の時、酒は自分には害に成ると判り、全く呑まなく成った。
それが判るのに、二十年かかった。
今は「エコー」と云う名のオレンジ色のパッケージをした日本で二番目に安いタバコを一日に二箱、四十本吸って居る。
別段、害には成らないので、止める気には成らない。
一箱二百五十円、一日に五百円使う。
陽子は、仕方無いと思って居た。
陽子はタバコを吸う大介より、酒を呑む大介の方が好きだった。
陽子の思い通りに、大介が事を運んでくれるからで在る。
嫌いなセックスからも完全に逃げられる。
ただし、子供達は大介が若い頃、酒を呑んで居たので、三人共、酒好きに成った。
リムジンは田川市にも一台在る。
消防所の所長が持ち主で在る。
大変に絵が好きな人で、大介の家の玄関に飾って在る、小品の油絵(「白い花」と云う四号作品)を、二千万円で買った。
大介は、晴れて、小説が書ける資金を得た。
又、一から金稼ぎと名声欲しさに変身した。
勿論、執筆中にそんな邪心は持って無い。
ただ書く事が面白いので在る。
一度は小説で飯を食ってみたかった。
翌朝、消防所の所長が又、訪ねて来て、四号の小品を三千万円で買った。
大介は陽子に云い、東京のブローカーにその五千万円を、お礼として送った。
又、一銭無しに成った。
大介は幸せな気分に成り、タバコが美味かった。
久し振りに、生まれて来て良かったと思った。
大介は熱心に小説を書いた。
昼夜を問わず、ただ書き続けた。
それは或る種の気運を呼んだ。
大介の小説作品が、数々の賞を取った。
次々に大介にとって良い事が、又、起こり始めた。
一枚七万円だったのが、二十万円になり、五十万円に成った。
だが、大介は稿料はいくらでも良かった。
ただ、小説で飯が食える様に成り嬉しかった。
大介は陽子や子供達にとって信用される人間に成った。
大介は小説を執筆中、ただ人生の時間をついやす事で、良いかどうか、毎日、自問した。
今は、仕方無い。
死ぬまでに、有意義な事は起きるだろう。
大介は楽天家で在った。
サインペンはすらすら書ける。
だが、サインペンを持つ右手に力が入ら無く成る事も在った。
そうした時は、いつも、タバコを吸いながら、力のよみがえるのを待った。
すでに七十歳で在る。
大介は百二十八歳まで生きたいと思って居た。
正しい理屈は必ず通ると大介は運命を信じて居た。
そうした考えは、大介を宗教の方へ向かわせた。
大介は様々な教団に行き、入金はせず教理だけ勉強したが、結局、自分の気に入る教団は無かった。
ただ、一番正しいのは「エ●バの証人」だと思った。
会員には成ら無い。
一時期、東京の或る教団で、ミカエルと云う名が有名に成った。
各会員はミカエルとは何か、様々な意見を持った。
いわゆるミカエル事件で在る。
或る日「エ●バの証人」が来て、ミカエルとはイエスの事だと教えてくれた。
大介は目からウロコが落ちた。
その後、何度か、その会の会員が来たが、今、忙しいんですから、と笑って逃げた。
家に入られ、小説を書く時間を取られるのは、勿体無い。
「エ●バの証人」はエホバを人格神で、神と云って居るが、大介はエホバの上に神が居ると思って居た。
エホバも神も現在、地上に居ると思った。
神とは大介と陽子夫婦の事だと思った。
人には云えない。
二人夫婦が神だと、自分勝手に決めて居た。
大介と陽子は、ただ、熱心に事をする人間で在った。
大介も陽子も六十四歳と六十二歳の時から、風体も変わらず、万年初老で在る。
六十四歳、六十二歳から先は、歳を考えない事にして居た。
陽子は四十二、三歳にしか観えない。
鼻ヒゲを生やした大介は八十二、三歳に観られた。
だが、元気で在る。
若い頃、二、三度、風邪を引いただけで、以後は病気らしい病気はしなかった。
アルコール依存症で、家族に迷惑をかけた事を思い出した。
アル中に成ると女房が神様に観える。
アルコールを呑む事を止めてから以後、大介は罪の意識で、一人、毎日泣いた。
家族に対し申し訳なさで一杯に成った。
自分が人間のクズに思え、懺悔の値打ちすら無かった。
大介は一生かけて、罪を背負う気持ちに成った。
死ぬまでの時間、ただ、小説を書き続け、その間の原稿料は全部妻に渡し、妻からは子供達へと配分する事にした。
金で、罪をつぐなう他、大介は思い付かなかった。
大介は、緊張すると、歌を小声で歌った。
自分の耳に声が聴き取れる位の声量で在った。
或る日、ベッドの上に寝て居ると、ボーっとした黒灰色の雰囲気が天井に昇り、手が天井に届いた。
これが大介の宇宙即我だった。
陽子に話すと、自分も同じ体験をした事が在ると云う事で在った。
だからと云って、その後の生活に変化は無かった。
一に努力、二に努力、三に努力の毎日で在る。
大介はこの小説を午前二時から書き始めた。
机時計を観ると、現在午前七時で在った。
大介は一旦、サインペンにキャップをし、老眼鏡を外し、朝食を食べた。
小説は体力が勝負で在る。
大介は体育をしないので、疲れ易い。
良い過去も在ったと思う。
陽子も子供達も同様の考えで在った。
大介は神に赦されたので在る。
まともな考え方が正しいのだと、ようやく判った。
アル中時代、三週間精神科に入院した事が在る。
入院は大介にとって、軍隊体験で在った。
以来、大介は人前に出る事も苦手に成った。
妻子の言動さえも恐れた。
大介の着た服には、春、夏、秋、冬を問わず、いつもポケットにタバコとライターを入れて居た。
逃げ場が大介には必要だったので在る。
大介はタバコを外で吸う様に成った。
広々とした心が展開した。
本当にタバコは有り難いなと大介は思った。
酒を止めて良かったとも思った。
いつでもタバコは大介の友達で在った。
実は大介と陽子は半生で二千回位セックスをした。
その内、憑依されなかったのが、六回だけなので在った。
酒も二千回程吐いた。
吐いて又、呑み、黄色い胃液まで出て、ウンコまでして、一晩中吐き続けた事も在る。
酔っぱらって、コップを畳の上に横にして置き、右手の手刀で、叩き割った事も在る。
コップは割れたが、小指の付け根から赤い血がボトボトと落ちた。
陽子は青色のタオルで血を押さえた。
青いタオルが重い紫に成った。
近くの外科で縫ってもらった。
アンタ、死ぬ所だったよと外科医は笑った。
大介は陽子に数知れぬ位、命を助けられた。
アル中も、死ぬ寸前まで行ったので在る。
アイアムタイアードフォーミー。
私は私に疲れたと云う意味で在る。
大介の造った語で在る。
勿論、そうした米語を、作る外人も沢山居るだろう。
大介家族は、皆、楽天家で在る。
焦るのは大介一人で在った。
何を行き急いで居るのだろうか、と陽子は笑った。
「♪生まれた時から、この世の辛さ、知って居るよで、何も知らずに、恋にすがって、又、傷ついた」と歌手は歌って居る。
大介は陽子以外に、他の女性に恋をした事が在る。
陽子にそう云うと、私もそう、と笑った。
少し悲しげな陽子に成った。
大介と陽子は未練無く、二人夫婦で生きて死のうと、語り合った。
来世でも夫婦に成ってくれるかと、陽子に聴くと、陽子は黙って居た。
陽子の下のまぶたに涙が浮かんだ。
今回の人生は、ハードだった、と陽子は云った。
大介は五回入院し、都合八ヶ月と二十三日間、陽子を淋しい身にした。
その分、大介が今は淋しい思いをして居る。
小説を書きながら、こんな昔を思い出した。
大介は、又、タバコを一本吸った。
人を辛い目にあわせると、自分も辛い目にあう。
当り前の理屈で在る。
この理屈が通らないのが、精神病の世界で在る。
親が悪いから、精神病に成るので在って、子供には何ら責任は無いので在る。
アル中も精神病の一種で在る事は、皆、知って居る事で在る。
或る日、東京からリムジンに乗り、ブローカーが来た。
大介さんが近頃、小説に熱中していると聴き、これはイカンと思ったよ、とブローカーは云った。
大介は、裸婦画はもう画けませんと云った。
ブローカーは、洋間に掛かって居る百二十号の風景画「月想観」と云う香春岳を画いた油絵を観て居て、涙ぐんだ。
大介も泣いた。
二人は固く握手した。
この絵、何とかしよう。
リムジンには乗らないので、後で送ってよ、とブローカーは云った。
大介は云われた通りにした。
田川市のリムジンが、又、立ち寄った。
大介の小品を高額で買った。
どうしても、人は大介を画家にしたい様で在る。
陽子ですら、そう云った。
しかし、大介は今は小説を書く時期だと、答えた。
大介は自分の小説に自身を持って居た。
歴史に残る作品だと確信して居た。
大介と陽子にとって、この世は初めての人生体験で在る。
陽子は客観主義、大介は孤立主義で在る。
剣道をやって居る時に、孤立主義に成った。
立身出世主義なので在る。
「月想観」は高額で売れ、七十%大介は得た。
劇画家時代に画いた作品「美代子阿佐ヶ谷気分」は先程映画化された。
パート1、パート2まで放映され、今はレンタルに成って居る。
大介とは、私安部慎一、洋子とは妻安部美代子の事で在る。
私をダマそうとしても無駄で在る。
私は神兄妹(田川市に棲む男児/田川市に棲む女児)を信じて居る。
やがて、私と妻に対する誤解は解けるであろう。(了)
2014.04.24